キッチンお片付け




キッチンのお片付けで一体何が起ったのか
キッチンを片付けるとはなんなのか

YouTubeでは50倍速にまとめた数十分を
ゆっくり紐解いて「片付け」とは何かを味わってみる

【コップ多すぎ】 何でも受け入れすぎた食器棚

整理前の食器棚
コップが3段に渡ってありました

コップだらけです。
Yoshimiさん曰く
「3番手まであったらいい方。2番手まででOK」

私8番手くらいピンチヒッター持ってました。
どんなものがあったかと言うと
・気に入って買った
・コンビニの一番くじ
・プリンに付いてた
・もらった
・景品を意地になって集めた

もはや「気に入って買った」以外は
食器棚の肥やしでした。

全出し

食器棚を全出しお片付け
量がヤバイ

∑Σ( °∀°ノ)ノ

マジですか。。。
こんなに入る?
え?もしや…うちの食器棚

四次元ポケット付いてました?

何と言う事でしょう

一言で言うなら

ヤバイ

【分類】使ってるor使ってない

ここから3秒ルールで使ってるか使ってないか
分けていくのですが、これは修行です。

事実から目を逸らさない
自分の無駄遣いに向き合い
すいませんでしたーーーー!!

って正直に懺悔する時間の始まりです。

擬音語に直すなら

うええええええええええええ

です♡

残すもの決定

残す食器
残すもの。

かなり減りました。
キャラクターもの(貰い物)全て捨てました。
食器は土っぽく、手書きのものが好きだと気づいたからです。
正直、上の写真の野菜プリントのお皿も今や断捨離対象です。

《骨董が好き》

食洗機が使えなくても
漆塗りが好き。

手書きの風合いが好き。

この気持ちに正直になれたからこそ
「それでいい」と自分に許可を出し

「もらったから」という理由で受け入れてきた
本当は居心地の悪かったものに

「好きじゃない」とさよならが言えました。

「好き」を知ると「好きじゃない」も分かるようになる

断捨離した食器
手を離した食器たち。今までありがとう。

私の食器棚は「好き」も「嫌だな」も
とりあえず受け入れていたごちゃごちゃの食器棚。

もらったら捨ててはいけない
自分の「好き」は持ち込んではいけない。
いつの間にそんな思考パターンになったのか
全く分からないけど…

この思考パターンを見事に映し出していました。

好きで良いと価値観を元に戻すこと

断捨離ごはスッキリ

食器棚を片付けている時から
頭が痛くなりかけていて
頭の中に地震が起こったような

表と裏がひっくり返るような感覚に
かなりフラフラしていました 笑

「好き」か「好きじゃない」かって
すごく原始的な感覚であり、直感であり…
この感覚を突き詰めていくと
面白い自分になるのでは…!?

理屈も社会的な価値も一切を切り離して
好きか、好きじゃないか

私の場合切り離すのが難しかったのが
他者からの評価。

食器は見せる機会なんてほぼないですが
ファッションとかね。。

よくよく感じてみたところに
無難である事を選んでいたり、
嫌われない選択をしていたり
悪いことではないけれど、

今はトレーニングとして
自分の好きで思い切り彩ってみる

これがやってみると怖いんだ。
ひとりぼっちになったみたいで。

いつの間にか、心の中に実存のない他者を住まわせて
自分の選択の基準にしてたんだね。

その位置に自分が立つ。

何に惑わされるでもなく

惑わされたなら、何に惑わされたのかを感じ取る
そこから自分を省みる。

すると自分に何が足りないのかが見えてくる。

まだまだこの感覚は鈍いけど
一度身につくと鈍らない気がする。
精度を上げて、今までとは違った、
面白い人生に足を踏み入れようと思います。

食器棚のお掃除は
好きも嫌いも受け入れてきた自分を
色濃く映し出し、
もうそうやって生きなくていい事を教えてくれました。

もれなくすごい頭痛と吐き気を伴うくらい
身体にも大打撃をもたらし、
精神にも大きな変化をもたらしました。

家のものは自分の生き方の癖を
専ら反映しているのかもしれません。

良いも悪いも自分の「好き」を隠して受け入れすぎた。
これが私の食器棚。

そしてこれから変えていくべき課題なのでした。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です